肺高血圧症は肺動脈を構成する血管平滑筋細胞が異常増殖し、肺動脈内腔の狭窄、閉塞をきたす疾患群であり、その分子病態の解明に基づいた新しい治療法の開発が急務とされている。本研究では、肺動脈平滑筋細胞における脂肪酸代謝に着目し、平滑筋細胞の増殖の程度とそれに伴う遊離脂肪酸分画(飽和、一価不飽和、多価不飽和脂肪酸)の組成変化、およびその組成を調節するElongation of long chain fatty acids family member 6(Elov16)の発現動態や機能を解析することで、新規の肺高血圧症治療戦略について検討した。 研究結果から、Elov16がコントロールマウスの肺動脈平滑筋細胞に発現が認められること、また肺高血圧症モデルマウスの血管では部分的にElov16の発現が増加することが明らかとなった。次に、肺動脈平滑筋細胞(PASMC)に肺高血圧症に関与する因子であるPDGF-BB、TGF-βおよび低酸素刺激を行うと、RT-PCR法によりElov16mRNAの発現増加が認められた。また、PASMCにsiRNAを用いてElov16をノックダウンさせると、細胞増殖能・遊走能ともに抑制された。このElov16欠損による細胞増殖抑制のメカニズムについて検討したところ、細胞増殖に抑制的に働くリン酸化p53およびp21の発現増加、細胞増殖に促進的に働くリン酸化mTORの発現減少を認めた。次に、脂肪酸分画を測定した結果、PASMCにElov16をノックダウンさせると、飽和脂肪酸であるパルミチン酸(PA)の増加と不飽和脂肪酸であるオレイン酸(OA)の減少を認めた。この変化した脂肪酸が細胞増殖に影響するかどうか検討した結果、PAを添加したPASMCではElov16欠損時の結果と同様に細胞増殖能が低下すること、リン酸化p53およびp21の発現が増加すること、リン酸化mTORの発現が減少することが明らかとなった。一方OAを添加すると細胞増殖能の増加およびリン酸化AMPKおよびp21の発現減少を認めた。 以上の結果から、Elov16による肺動脈平滑筋細胞での脂肪酸分画の変化は、細胞増殖能に作用し、肺動脈性高血圧症の病態形成に重要な役割を果たす可能性が示唆された。
|