5世紀から7世紀の中国をはじめとする東アジア仏教における如来蔵説と唯識説の研究。特に漢訳『宝性論』の成立・影響およびその前後の関連経論群を介し、『宝性論』によって如来蔵の同義語または一側面とされる「真如」と「種姓」の中国仏教の翻訳およびその解釈に迫る。 中国仏教における漢訳経論を研究する際、梵語テキストを参照する必要がある。東西の先行研究を踏まえながら、敦煌写本、日本や韓国の古文献を中心として諸資料を収集し、検討を加えてきた。 『宝性論』、『菩薩地持経』、『楞伽経』や『勝鬘経』とその解釈を柱とし、梵語文献、敦煌写本と日本・朝鮮の古文献とを共に活用しつつ、東アジア諸国における唯識思想と如来蔵思想の関連について幅広い視点から検討しており、梵語テキストを参照し、漢訳や東アジアの諸注釈との異同に注意してきた。『勝鬘経』と『楞伽経』と『宝性論』と『起信論』に見られる如来蔵思想は、同じものとは考えられない。特に漢訳は訳者の系統によって解釈の違いが大きいため、本研究では梵語テキストと漢訳を比較し、古い時代の敦煌写本や日本文献中の佚文などを活用しながら、如来蔵思想と唯識思想の複雑な関係を解明している。また、真如と種姓の概念の変化などにも注意しながら、如来蔵・唯識思想史を広い視点で検討している。 こうした立場を踏まえ、中国仏教における『宝性論』の翻訳およびその背景と影響を中心として、5世紀から8世紀の東アジア仏教における唯識思想・如来蔵思想の再検討を行っている。『宝性論』・『楞伽経』・『菩薩地持経』の中国における受容形態を解明できれば、『起信論』の真偽論争決着にも少しでも寄与できる。これにより、唯識思想と如来蔵思想の違いと対立という図式に基づく従来の東アジア仏教思想史の枠組そのものが大きく変化することになる。伝統となってきた図式とは異なる、資料に基づく新たな仏教思想史の枠組みを提示したい。
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