前年度の平成27年度に報告者は、近代日本の国語教育における自然愛言説の分析を、第3期国定教科書使用時期、つまり大正中期から昭和の初めの時期を対象に、実践した。そして平成28年度では、史料調査の対象時期を前年度の分析の直後から昭和戦中期まで、より具体的には第4、第5期の国定教科書使用時期にまで拡大し、この時期に発表された国語教育論における自然愛言説の歴史的特徴について、考察を行った。 当該期の自然愛言説は、アジア・太平洋戦争へと向かうなかで国語教育論でも大きな影響力をもった日本精神論との関連で、新たな展開をみることとなった。自然愛言説は、日本精神を強調する一派の手によって、「和」や「もののあはれ」など、国文学や神話の諸概念と結び付けられ、国家主義的性格と観念性を強めた形でその語りが展開されていく一方で、ときに前者に対立する思想的性格、つまり社会科学と関連の深い自然認識の養成を企図する生活綴方運動の教育論とも、日本精神論の多様な解釈という経路を通じて、接合していくこととなったのである。ただ後者もまた日本精神論を介して自然愛を語っていた事実が象徴するように、教育界もまた戦時体制へと明確に組み込まれていく当時の時勢のなかで、自然愛言説は前者の方向性、とくに国民学校への移行期からは、戦争遂行を支える皇国主義のイデオロギーとして、その形式を改めていくのであった。 自然愛の言説が時局の推移に合わせて戦時体制を補強するイデオロギーへと転化する過程と、そのプロセスに確認される言説の表現の特徴、論理の展開の様相を具体的に明らかにしたことは、日本人の特質とされる自然愛の情操を、現代でどのように育んでいくかを検討する上で、重要な視点を提供することが出来たと、報告者は考えている。
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