今年度は、前年度に行った人の同一性に関する形而上学的考察を踏まえ、P.ストローソンによる『個々のもの』を手がかりとし、人の同一性に関する認識論的考察を中心に研究を行った。この成果は各学会、研究会において発表した。 当該研究では、ストローソンによる「人」概念の現実的対象への適用可能性について、先行研究をもとに検討を行った。同時に、「人の概念こそが他の概念に比して原初的である」とするストローソンの主張について、概念認識の観点からその主張の妥当性を探った。このようなストローソンの思想解明を通して、一般的な人の概念から共通に見出しうる特徴を析出し、私たちの認識のうちに、「不特定の何か」と「不特定の誰か」という区別が成立していることを見出した。この調査研究のために、人の認識に関する現代英米圏の参考文献の購入に補助金を充当した。 また、先に行った人概念の検討を踏まえ、ストローソンが『個々のもの』のうちでその輪郭を提示した、人の同一性論の再構成を試みた。ストローソンによる人の同一性論では、各人が外的世界を認識し理解するためにもつ、時間的・空間的な概念枠組みと、人概念の原初性についての主張が前提されている。そのため、当研究では、これら前提となる諸条件と、そこから帰結する人の同一性論との概念的繋がりを明確化したうえで、ストローソンが提示した諸々のテーゼを分析し、彼自身の見解が一種の超越論的演繹により導出されていることを明らかにした。この研究発表の出張費用ならびに、カント以来の超越論的論証に係る文献の調査に補助金を充当した。
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