平成28年度は、前年度の研究成果(エミール・ゾラ原作、アルフレッド・ブリュノー作曲のオペラ《水車小屋攻撃》の創作とゾラのオペラ美学形成の並行関係をめぐる研究)を基礎とし、ゾラのオペラ美学が、ゾラとブリュノーの共作の代表作《メシドール》(1897)の創造にいかに結びついたのかを明らかにした。 ゾラのオペラ美学は、ヴァーグナーに学びつつヴァーグナーを超えるというプログラムから成り立っており、その帰結として、オペラの様式面では、番号オペラの否定と台本の散文化が、テーマ面としては、現実社会の問題を取り上げることが目指された。 調性音楽の持つ終止の回帰性は、韻文による台本に馴染みやすいが、ブリュノーは、台本の詩的形式ではなく、台本の持つ意味や文法的切れ目を用いて、音楽と散文詩を調和させたことを明らかにした。また、台本の散文化によって必然的に崩れる番号オペラの原理に変わるドラマトゥルギーとしてゾラが対立と和解の図式を強調した台本を作成したことを示した。そして、ブリュノーがこうした対立を遠隔調や平行調の対立として音楽的に表現したほか、フィナーレにおける対立の解消と社会的調和の実現を宗教的なコノテーションをもつリディア旋法的色彩が付与されたモチーフによって演出したことを示した。 なお、リディア旋法的色彩の付与に関しては、夏期長期休暇中に実施したパリの国立図書館の調査において参照したブリュノーの手書き楽譜の調査によって実証的な裏打ちを得ることができた。 以上の考察により、ゾラとブリュノーがヴァーグナーに対抗する創作上の論理を提示し得たこと、そのことがドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》(1902)を準備した側面があること、この共作活動がゾラの晩年の文学的営為と連続性を持つことを示すことができた。そして、この研究成果を博士論文としてまとめたほか、公開研究発表会においてその一部を発表した。
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