本研究は、「運の平等主義」を批判的に検討し、ロールズ主義的正義論を肯定的に再評価することにより代替的な平等主義的正義の理論を提示することを目指している。 本年度は以下二点に取り組んだ。 第一に、運の平等主義の方法と対比される、ロールズ主義的正義論の方法上の特徴を明らかにした。ロールズ主義は、概念や価値を純粋に分析することではなく、行為や社会制度に対する指針を与えることを目指して理論を構築するという意味で実践性を重視する。この点で代表的な運の平等主義者であるG.A.コーエンなどの方法とは対照的である。事実や他の価値から分離して正義概念を純粋に分析しようとするコーエンらの方法には、自らの正義概念に対する理解を、異なる理解をもつ他者に対して正当化することができなくなるという点で問題がある。対照的に、ロールズ主義の方法は、自身の正義の構想の他者に対する正当化可能性を強く意識し、一般的な事実や正義以外の価値も広く考慮に入れたうえで、暫定的・可謬的に正義の理論を構築しようとする。 第二に、ロールズの前期と後期の理論の関係を検討した。よく見られる理解では、後期ロールズは、リベラルな社会の多元主義の深さを認識したことで、前期の平等主義的正義の理論に問題を見いだし、平等主義的含意をほとんどもたない正統性の議論を展開した。この理解が正しい場合、ロールズ自身が平等主義的正義論から撤退する必要があると考えていたことになり、ロールズ主義に依拠して運の平等主義に対する代替的理論を提示する試みは、困難になるだろう。この問題に対して、正義にかなった社会の安定性の論証という点から、前期と後期のテキストを精密に解釈し前期ロールズの問題点を明確化することで、次の結論に到達した。後期ロールズの問題意識が妥当であるとしても、前期ロールズの平等主義的正義論の構築を引き継ぎロールズの理論をさらに洗練させることが可能である。
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