預言者ムハンマドがアラビア半島内外の王侯、族長、有力者などに宛てた書状について分析した。これは、イブン・サアド(230/845年没)の『タバカート大全』に100を超えるものがまとまって記録されている。メッカ征服やタブーク遠征以降に使節を送ってきた部族に対してその場で発行したと思われるものもあれば、使者に持たせて半島各地のアラブに送ったものもある。特色としては、エチオピア、ローマ、ペルシアなど有力国家の支配者、権力者に改宗をうながす書状が先頭で挙げられる。その次にアラビア半島内のイエメンなどに居住する異教徒に対する書状があり、改宗を促したり、ジズヤの支払いが命じられる。書状の多くは改宗したアラブに宛てられたものである。礼拝を行う、ザカートを出す、サダカを出す、神と使徒に従う、多神教徒と決別する、信仰告白をする、ムハンマドを軍事的に支援することなどが信徒の義務として命じられる。戦利品のうち神の取り分のフムス(5分の1)やムハンマドの取り分を供出すること、もたびたび命じられている。こうした義務の見返りに神とムハンマドの安全保障や、土地、財産の安堵が保証される。書状の多くはこうした土地、財産の安堵にかかわるものである。ムハンマドは晩年に聖戦の履行を目的に各地のアラブに一律にサダカを課すようになるが、書状がこの政策以前のものか否かを判断することが重要になってくる。また、こうした書状が本物か偽物かという判断も必要になってこよう。どのような意図で書状に後世の手が加えられたのか(例えば免税特権を強調するためではないのかなど)を検討する格好の材料として利用できるのであり、初期イスラムの歴史研究に不可欠の文献であると言える。
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