研究概要 |
静電相互作用錯体形成における正の定圧熱容量変化:中性のシクロデキストリン(CD)空洞へ中性の有機化合物が包接されるときには負の定圧熱容量変化(ΔC_p)を伴う。我々はこの数年、ポリイオン性のCDと反対電荷を有する有機イオンとの静電相互作用を伴う包接現象につき、精密な熱量測定から系統的に研究してきた。ポリイオン性のCDは簡単なDNAやRNAあるいは電荷を持つタンパク質モデルと見なすことができる。CDの第1級水酸基を全てプロトン化したアミノ基に変えたper-NH_3^+-α-CDおよびper-NH_3^+-β-CDをホスト分子に、各種アルキルカルボン酸アニオンをゲスト分子に選択し、錯形成のエンタルピー変化の温度依存性からΔC_pらとホスト-ゲストの分子サイズとの相関を系統的に調べた結果、ゲスト分子サイズに比べてホスト空洞が大きすぎる組み合わせの場合に、ΔC_pが正になることを実験的に証明した。正のΔC_pを示す系はかなり限定されており、アルキルカルボン酸アニオンであることが必要であり、R-SO_3^-では負のΔC_pを不す。また、静電相互作用が必須であり、中性のゲスト分子では、ゲスト分子サイズが小さくとも、ΔC_pは負となる。 単純なモデル系で正のΔC_pを示す例はほとんどない(我々が調べた限りシクロデキストリン系では皆無である)。しかし、mRNA 5'capやDNAとタンパク質との相互作用では正のΔC_pを示す系が比較的多く知られている。我々のモデル系は複雑な生体系におけるΔC_pの解釈に寄与できる可能性がある。 水中で機能するミオグロビンモデル:これまで全く例のなかった水中で機能するMbモデルについて検討した。5,10,15,20-tetrakis(p-sulfonatophenyl)porphinato iron(II)(Fe(II)TPPS)はピリジンをリンカーに有するパーメチル化β-シクロデキストリン二量体(1)と非常に安定な1:1錯体(hemoCD)を形成した。hemoCDは水中で酸素を可逆的に結合し、非常に安定な酸素付加体(oxy-hemoCD)を与えた。oxy-hemoCDの生成はUV-vis,^1H NMRおよび共鳴ラマンスペクトルから確かめられた。oxy-hemoCDの自動酸化速度を測定したところ、その半減期(t_<1/2>)は30.1時間と求まった。oxy-hemoCDは中性の水溶液中(pH 6-8)では同じ半減期を示した。酸素親和性(P_<1/2>)は17.5±1.7Torrであり、天然のMbやR-状態のヘモグロビン(Hb)に比べると、酸素親和性は劣るが、T-状態にあるHbとはほぼ同等の親和性であった。oxy-hemoCD水溶液に窒素ガスを吹き込むとFe(II)TPPS-1錯体が再生され、再度酸素を導入すると再びoxy-hemoCDを与えた。すなわち、hemoCDは可逆的な酸素吸脱着をする優れたMbモデルであることが明らかとなった。シクロデキストリン二量体1はその強い包接能のために、Fe(II)TPPSの鉄中心から完全に水分子を排除するという、タンパク質グロビンと同等の機能を有することが分かった。
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