研究概要 |
本研究では,参加者ほとんど全員が3年間の期間中,カナダにおいて現地調査をおこなった他,参加者相互の,そして海外の研究者との研究討議をおこなうことができた。それぞれが研究対象とする言語(スライアモン語,ヌートカ語,ハイダ語,海岸ツィムシアン語)が,話者数が高齢の少人数に限られているため,本研究で新たに得られた一次資料の価値は極めて高い。 本研究は,そのような言語の記録のみを目的にしたものではない。対象とした言語の形態統語的特徴を,横断的に比較対照し,類型的な研究を推し進めることが目的であった。北アメリカ北西海岸地域は,古くから,ひとつの言語領域をなすとされてきた。そして,この地域には,一般言語学的には他にあまり類をみない言語現象が多くみられる。それは例えば,複統合性であり,品詞分類の問題である。 参加メンバー間で研究討議を続けていくなかで,さまざまな類型的問題点のうち,特に複統合性にかんする問題が,当初の予想を超えて大きいものであることがはっきりと分かってきた。調査研究対象とした言語は,いずれもいわゆる「複統合的言語」として,形態論的類型論で分類されるものである。この「複統合性」という概念自体,類型論ではかならず1タイプとして立てられるにもかかわらず,実は明確な定義がされてこなかったことが明らかになった。通常,その定義として考えられてきた「一語に多くの概念を多くの形態素で盛り込みうる言語」というだけでは,複統合的言語とされる言語をひとつに括ることに問題がある。この概念に,これほどの問題があるということが分かってきたことだけでも,本研究の意義は極めて大きかったと考えられる。参加メンバーは,それぞれが研究対象とする言語における複統合性について研究を進めたとともに,参加者間において情報交換を続けるなかで,複統合性という性質そのものが少しずつではあるが,より明確になってきた。
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