研究概要 |
統合失調症患者の生活の質を向上させ,より豊かな人生を支援するには,症状の改善ばかりでなく対人関係の障害をも視野に入れた援助が必要と考えられる。本研究では,彼らの対人関係障害のコア概念として,「心の理論」の問題を想定して症状との関連を検討した。すなわち統合失調症患者は,他者の意図や信念を理解する課題に困難を示し,その結果として対人関係に齟齬を来たし,不適応に陥るのではないかと考えた。そしてそのような傾向の強い統合失調症患者ほど,妄想や幻聴のような陽性症状が強いのではないかと思われた。今回の研究ではヒント課題(Janssen, et. al., 2003)とコミック課題(Brunet, 2003)を「心の理論」課題として使用した。また症状の評価としてはPANSSを,対人関係障害の評価としてはLASMIを使用した。研究には統合失調症患者14名,非統合失調症患者6名,健常成人7名が参加した。分析の結果,統合失調症患者は他のコントロール群より,ヒント課題とコミック課題の両方において成績が低下していた。さらにヒント課題の成績が低く,PANSSにより「抽象的思考の困難」と評価された統合失調症患者は,対人関係が円滑に維持できないことが示唆された。以上の結果から,統合失調症患者の対人関係障害の一因には,他者の心の状態を適切に推測することが困難である,いわゆる「心の理論」の問題があることが確認された。しかしながら当初予測していた「心の理論」の障害と,妄想などの陽性症状との関連は見出されなかった。統合失調症患者の「心の理論」の障害には,他者の心の状態を推測すること自体が困難な,陰性症状が強く認知機能が低下した群と,過剰に不適切に他者の心の状態を推測する群(妄想群)の2群に分けられる可能性も考えられる。しかしこれについては今後の研究の進展に期待される。
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