研究概要 |
本研究の目的は,現在はシイ,カシ類を主体とする常緑広葉樹林が極相植生と考えられている関東地方山麓から製野部で,晩氷期から後氷期にかけてどのような森林植生が優占していたかを明らかにすることである.極めて例の少ない,後氷期縄文時代初期(約8700年前)の遺跡を発掘し,そこでの植物遺体を検討した.常緑広葉樹が主体であったが,キハダやアサダ,マタタビなどの温帯性落葉広葉樹も混成していた.この時代は常緑広葉樹が広がるものの,人間活動の影響で温帯性落葉広葉樹も分布を維持していた.さらに,照葉樹林の北限に当たる千葉県を対象に,晩氷期から後氷期にかけての房総半島の現在の植物相の生い立ちを復元した・谷底面ではヨシ,スゲ湿地やハンノキ湿地林が継続して分布していた.谷壁斜面ではコナラ林が卓越し,カシなどの常緑広葉樹はあまり広がらずに現在に至っている.台地上では一時カシ林が広がったが,間活動の影響で破壊され,マツ林やコナラ林が卓越した.関東地方山麓から製野部における落葉広葉樹林の変遷は次のように推定できる.最終氷期時には乾燥,寒冷な大陸的環境が卓越し,山岳下部から山麓部にかけてはミズナラ(モンゴリナラ)-ヤエガワカンバ林,山麓・製野部にはコナラ,クリ,シデ類などを主体とする大陸型落葉広葉樹林が分布していた.後氷期になって湿潤,温暖環境が現れるとともに,山麓・製野部にはシデ類,コナラ,クリ,カエデ類,サクラ属,エゴノキなどを主体とする落葉広葉樹林が優占していった.人間活動が活発になり,大陸型落葉広葉樹林は人為的な影響のもと二次林へ変化したが,極相林として継続したものもある.現在の落葉広葉樹二次林は最終氷期に分布していた大陸型落葉広葉樹林から派生した植生として,歴史的,空間的に貴重な自然遺産でその価値が極めて高く,緑地保全や緑地設計に重要な指針を提供する.
|