研究概要 |
本研究ではシロイヌナズナの核tRNA遺伝子の発現解析を行った。まず,植物tRNA発現の全体像を明らかにするために,開始tRNAを含めた全アミノ酸に対応する23種類の同義tRNA遺伝子ファミリーの発現をそれぞれに対する特異プローブを用いて調査した。この結果,tRNA^<Leu>(CAA)遺伝子族では根と花芽において有意な転写産物の蓄積が観察された。開花後の登熟過程での鞘(果実)におけるtRNA含有量の変動をみると,成熟する過程でtRNA分子種により大きく異なる挙動を示すことが明らかになった:tRNA^<Lys>(CUU),tRNA^<Pro>(UGG),tRNA^<Glu>(CUC),tRNA^<Gln>(UUG)は完熟鞘においてもその転写物が高濃度に蓄積されていた。これに対して,それ以外のtRNAは,完熟鞘で急激に転写量が減少していた。登熟過程で細かくサンプリングした鞘から抽出したtRNAをポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分析すると,登熟の後期でtRNAの分解が示唆された。このことから,多くのtRNA分子は種子が形成される過程で分解されるが,特定のtRNA分子種は何らかの機構により分解を免れ種子中に蓄積されるものと考えられる。 従来植物tRNA遺伝子の生体内での発現を調べるためにアンバーコドンを組み込んだGUS遺伝子やルシフェラーゼ遺伝子が用いられてきた。今回,GFP遺伝子について検討した結果,アンバーコドンの導入により蛍光が消失すること,既知のサプレッサーtRNAとの共発現により蛍光の回復が観察された。よって生体内におけるtRNA発現を解析するためのオルタナティブな実験系の開発へと繋がる可能性が高い。これと同時に,今までに報告されている植物サプレッサーtRNAの中で最もその活性が高いと考えられるタバコのtRNA^<ser>(NtS2-am)をベースにして,様々な植物tRNA遺伝子の5'末端領域をNtS2のそれと置換することで,植物のRNAポリメラーゼIII(polIII伝子の転写調節の解析に広く応用可能であることを証明した:4種のtRNA遺伝子と1種のsnRNA遺伝子を対象として用いたが,いずれもタバコ無細胞系の転写実験で得られた結果とほぼ一致した。今後,NtS2-amの転写開始点付近にクローニングサイトを設けるなどの工夫を施すことで様々な植物tRNA遺伝子を含めたpolIII子群のハイスループットな生体内機能発現の解析への応用が大いに期待される。
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