研究概要 |
極地固有の低温生育性微生物とくに植物寄生性糸状菌の保全と有効利用をはかるための基礎資料を得ることを目的として,いくつかの菌種の同定を行い,酵素産生能などの特質を明らかにした。 まず,2002年8月に高緯度北極域のスピッツベルゲン島のコケから分離されたTrichoderma 属菌を,培養形態とrDNA ITS領域の塩基配列からT.polysporum と同定した。これら菌株の液体培地中での酵素産生能を調べたところ,キシラナーゼとポリガラクツロナーゼの産生が認められた。これらのうちポリガラクツロナーゼを精製して,その温度別活性を調べたところ,40℃において最大活性を示し,0℃においても最大活性の47%の活性を有していることがわかった.温帯産の同種株では,このような低温での酵素活性は認められなかったことから,北極産のT.polysporum 株は,温帯産の同種よりも低い温度で活性を示す酵素を産生することが明らかになった。 次に,2004年7月から2008年1月に,北極のスピッツベルゲン島とグリーンランド,および南極のアデリー島の植物からPythium 属菌の分離し,種同定を試みると同時に酵素産生能を調べた。その結果,これらの地域から得られた同属菌は極地に固有の5つの種レベルで異なるグループに類別されることが明らかになった。北極産のPythium 属菌株と,それと類似の形態をもつ温帯産の同属菌を用い,菌体の凍結耐性を比較したところ,北極産でより高い凍結耐性能が見られた。しかし,一方で低温活性酵素の産生は本属では見られなかった。なお,この実験の過程で,野外で安全かつ効率的に同属菌を分離するための選択分離培地を開発した。 さらに,北極の主要植生の1つである多年生草本のムカゴトラノオに寄生する黒穂病菌について,スピッツベルゲン島に生息する同病原菌の野外調査を行い,菌種の同定をおこなった。
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