研究概要 |
『金剛般若経』は東アジアに多大な影響を与えた初期大乗仏教の代表的経典である.その位置づけは,従来必ずしも明確ではなかった.しかし,最近になってアフガニスタンからもたらされた仏教写本の中に,ガンダーラの古写本が発見され,学界に大きな反響を巻き起こした.筆者はこの写本に関する幾つかの研究を発表してきたが,今回の研究ではこの成果をまとめ,本経がどのように成立し,展開していったのかを解明した. 本経は紀元後3世紀に成立したと考えられるが,本研究の新資料としたガンダーラ写本は6〜7世紀頃に書写されたものである.この写本と,現存のサンスクリット校訂本・漢訳・チベット語訳などと比較すると,幾つかの重要な思想的展開があることが明らかになった.この研究により,『金剛般若経』が3世紀頃から数世紀にわたって,仏教の社会的発展に伴い段階的に成立したことを証明することができた.その根拠となるのは,本経に多く繰り返される「法滅の定型句」である,それは初期の文脈には存在せず,後代の写本の中で次第に整理された.それは「正しい教えが滅するとき,この大乗の教えが説かれる」という文脈中に見える定型句であり,新しい経典が登場するための説法形式の一つとなった.また,「経典を書写し,他者のために詳しく解説する」という定型句も,経典の広宣がより積極的になり,伝承方法が口述伝承から記述の伝承へと変化したことを示している.この伝承方法の変化によって,経典の崇拝形態も,仏塔崇拝から経巻崇拝へと変化した.この研究によって,今後の大乗仏教研究の成立を解明する上で,新たな視座を提供することができたと考える.なお,この研究成果は国内の学術雑誌のみならず,ノルウェーで刊行予定の「<スコイエン・コレクション>仏教写本シリーズ」第三巻の中で金剛般若経のガンダーラ写本を本年11月に公刊する予定である.
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