研究概要 |
1 本研究の目的は以下の2点にある。 (1)チャールズ・ディケンズの「速記的造形術」(断片的な特徴から人物像を、周縁から全体像を、瞬く間に取り出してみせること)が、彼の文芸・芸術活動全般(執筆・演劇・公開朗読)においてどのように表れているか調査すること。 (2)上記の「速記的造形術」と、ヴィクトリア朝の装飾美術や消費生活との関係を明らかにし、それによってディケンズを当時の文化的・社会的文脈の中に位置づけること。 2 上記の研究目的に関して、上半期は主に以下の知見と成果が得られた。 (1)『互いの友』の作品論的考察を通じて、ディケンズ(本人・作品)における(自己)統御の問題と速記術とを関連づける試論を作成した。そもそもあらゆる事物や概念を表記しようという速記自体が、世界を牛耳る試みである。また素人目には「断片」や「破片」にしか見えない線や点を記憶していくという速記修得の過程は、『互いの友』に特徴的な、「断片」を蒐集して失われた世界像を再構築しようという営為に酷似していることに思い至った。 (2)「断片」から「全体像」を導き出す(あるいは「断片」が「全体像」に発展する)というパターンは、ヴィクトリア朝文化(考古学、犯罪捜査、美学、装飾等)に通底しているといえる。 (3)(1)の考察から発展した『互いの友』論を"Dickens via Freud and Deleuze : Mastery, Vacillation and Embodiment"という論考にまとめ、平成16年8月5日、「人間科学研究国際会議」(於カナダBrock大学)において口頭発表した。 3 下半期は初期作品(『ボズのスケッチ集』、『バーナビー・ラッジ』)においてディケンズの「速記的造形術」が顕著に表れている箇所を発見した。前者においては、それは視覚的描写やイメージについて言えるばかりでなく、語り手の語り口にも共通する特質である。
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