研究概要 |
本研究は、次のように遂行した。 まず、近世法学史について、とくにratio legis(「法の根底を成すもの」)を中心にして考察していった。Ratio legisは、歴史上、二とおりの内容があった。一つは、立法者の意図である。もう一つは、法・法実務の中に法学が発見した「実定法的原理」である。前者は、主観説、立法者意思論として展開した。後者は、客観説、制定法の根底にあり制定法を超えた原理を問題にする立場として展開した。近世の自然法論においては、前期には後者が優位していたが、後期18世紀になると前者が優位するようになった。しかし19世紀になって、再び後者が優位する。本研究では、まず、この点を軸として近世法学史を考察し、「実定法的原理」の形成史とそれが法学・法実務に有した意味を明らかにした。とりわけ重要であったのは。近世私法学の実態の考察であり、またそれが、先行する法学、後続の法学とどう関係するかの考察であった。 続いて、19世紀の法学について、その法原理に基づく体系化志向の構造とそれをめぐる議論を明らかにした。これには、とくにサヴィニーの問題提起、それを踏まえた、イェーリングやヴィントシャイトの構成法学を、「実定法的原理」に重点をおきつつ解析することが重要であった。最近、これに深く関連する観点からのすぐれた法史学的研究として、ヤン・シュレーダーの大きな業績がでた(Jan Schroeder, Recht als Wissenschaft, 2003)ので、それをも踏まえつつ考察を進めた。また、英米系における法原理をめぐる考察を行った。これについては、エッサーやドヴォーキンらの研究を踏まえつつ、とくに19世紀アメリカ法学史上の、体系化志向の分析が重要であった。 次に、現代の法学において意識化されないままに「実定法的原理」に関わる法学的作業がいかに行われているかを、刑法学や公法学、私法学などの特徴的な動向解析をつうじて、またそれに関わっている論争などの分析をつうじて、明らかにしようとした。これは、現代法学における「法教義学」再評価の動向を明らかにする作業でもある。重要な論点としては、従来、目的論的法解釈・利益考量や法政策論・治安政策論的考察、「法と経済」の議論の傾向が強かったし今も強いのに対して、それらを批判する論者の中に、どのように法教義学、とくに--自覚化されないままに--長い伝統をもつ「実定法的原理」の重視が強まっているかを明らかにすることである。 本研究の成果(一部)は、2007年10月に刊行予定の『法思想史講義』で発表する予定である。
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