研究概要 |
日本の法制上,医療決定における家族の役割について明確なルールは存在していない。結果として,患者に同行する家族に安易に同意を求めて処理する傾向があることは否定できない。本研究は,このような状況にあって,精神科医療,終末期医療に関する代行決定がいかなる法的準則に則って行われているかを,日本法とアメリカ法を比較して考察しようとしたものである。これらの分野の法的ルールを総合的に考察することによって,医療決定における家族の役割の適正なあり方を見出そうとするのが,本研究の目的である。具体的には,以下の作業を行った。(1)精神科医療・終末期医療における代行決定,特に家族の役割についての法的ルールに関する日米の判例・学説を調査・分析する。(2)自己決定権および家族に関する憲法理論を分析する。(3)医療決定における家族の役割の現状と医療関係者の受け止め方を把握するため,選択した医療機関に所属する医師・看護師・医療ソーシャルワーカーを対象に聞き取り調査を行う。以上の研究の結果,医療決定における家族の役割に関する法的ルールを構築する際に留意すべき諸点が明らかとなった。 (1)アメリカにおいては,精神科医療の場合,終末期医療に比べて,家族の役割をあえて避ける傾向がうかがえた。日本では,「保護者」制度をはじめ家族の役割に過剰に期待しており,この点が日米の大きな違いとなっている。しかし,医療現場での聞き取り調査や比較法的分析により,このような図式的な相違を額面通りに受け取るのは必ずしも適切ではないことが明らかとなった。精神科医療においても,家族の位置づけは重要であること,また,患者・家族間に利益相反が生まれる背景に長期入院という事実があることなどから,より実態に即した法的ルールを構築する必要性が浮かびあがった。 (2)他方,終末期医療においても,「患者・家族は一体」という理念を文字通り貫徹することができるわけではないことが明らかとなった。この点,家族の「代行判断」というよりも,家族は本人の「推定意思」を見出す役割を果たすが,その「推定」の正確さを担保する仕組みを州(国)は整備できるとするアメリカの判例の立場は,そのような仕組みをもたない日本にあって,大いに参考にすべきである。 (3)自己決定の限界はどこにあるか,家族の決定はどの程度尊重されるべきかを決める重要な要素であると思われる自己決定権および家族に関する憲法理論がいまだ熟していないことが改めて確認された。神学論争になるのを避けるためにも,憲法理論の深化が求められる。
|