研究概要 |
本研究においては,近年EUおよびEU加盟国によって構成される統治構造の総体を分析する概念として,政治学において注目を集めている「欧州化(Europeanizasion)」,および,「多層ガヴァナンス(Multi-Level Governance)」概念を手がかりにして,ヨーロッパの枠組の中に労働党政権の権限移譲改革を位置づけた上で,イギリス統治構造の変容について検討を行った。労働党政権が実現したスコットランド,ウェールズ,北アイルランドなどへの権限移譲は,主として欧州化の影響により実現したというよりも、国内における自治権拡大の要求に対する対応や,長年にわたる紛争を解決するために試みられた対応であったと見られる。しかしながら,イギリスにおける地域分権を達成する上で,欧州化が少なからぬ影響を与えてきたことも確認された。EUの構造基金の拡大は連合王国の各地域の影響力を強化するための新たな政治的機会構造を提供し,さらには地域委員会などEUのさまざまな機関に代表を送ることにより,スコットランドやウェールズなどの諸地域は,EUの多層ガヴァナンス構造の中で存在感を着実に高めているのである。労働党政権の権限移譲改革を「非対称的権限移譲(asymmetrical devolution)」と呼ぶことができる。その意味するところは,連合王国の各地域に対してそれぞれ異なる内容の権限移譲がなされたということである。こうした非対称的権限移譲は,一方でそれぞれの地域がかかえる問題の解決に向けて貢献したと見ることができるが,それ自体が将来に向けてさらなる問題を生み出す原因となっていることが確認された。その上で,イングランド,ウェールズ,スコットランドの間での権限移譲をめぐる「せり上げの政治」の可能性,そして,政治経済環境の変化によって周辺地域において分離独立論が再び活発になる可能性について検討した。
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