研究概要 |
本研究は、アイデンティティが自己物語という物語形式で保持されているという自己物語の心理学が視点(榎本,1999;2004他)から開発した自己物語法(榎本,2002)を用いて、自己のアイデンティティを自己物語の文脈としてとらえようとの試みである。具体的には、第1に自己物語法の方法論的な検討、第2に様々な年代の人々の自己物語データの蓄積、第3に自己物語法の実践の前提となる自己を物語ることの意味づけについての理論的枠組みの検討を目的としている。青年期、成人期、老年期の3つの年代の人々に対して、半構造化面接である自己物語法面接(榎本,2002;2004)を年4回(高齢者には2年で計8回)にわたって継続的に行った。面接の初回と最終回には、自己のアイデンティティに関連した質問紙調査をあわせて実施し(「人生への態度尺度」(榎本,2004)、「過去への態度尺度」(榎本・横井,2000)、「自尊感情尺度」(山本・松井・山成,1982)「多次元自我同一性尺度」(谷,2001))、自己関連尺度により量的にとらえられた個人の自己のアイデンティティの特徴との比較によって、自己物語法による自己のアイデンティティへの質的なアプローチの特質を明らかにしようと試みた。 自己物語法による語りデータをもとに、個人の自己のアイデンティティに迫るものとしての自己物語法の方法論的な検討が行われた。第1に、いくつかの方法を試行した結果、最初の記憶から、幼児期、児童期というように時系列に沿って現在に至るまで想起される主なエピソードをたどっていく方法によって個人の自己のアイデンティティの特徴に迫ることができるということが確認された。第2に、自己物語化(榎本、2004)のプロセスを検討することにより、いくつかの典型的な自己物語化のパターンが抽出された。第3に、そうした自己物語化のパターンをもとに語られた個々の自己物語を分析し、個人の自己のアイデンティティの特徴をとらえることを試みた。第4に、アイデンティティに関する量的データと比較検討することで、質問紙では捉えられない自己のアイデンティティの複雑な側面が、ときに量的データ同士の間にみられる矛盾の意味が、自己物語法により得られた語りデータの分析により把握することが可能であることが示された。 本研究により、自己物語法の妥当性が示されると同時に、想起されるエピソードを意味づけながら時系列に沿って配列する自己物語の文脈の抽出こそが自己のアイデンティティの抽出であるという自己物語の心理学の視点そのものの妥当性も改めて支持されたといえる。本研究により得られた様々な年代の人々の自己物語を比較検討することによって、自己物語化のプロセスや自己のアイデンティティの変容に関するさらなる知見が得られることが期待されるが、そのあたりは今後の課題である。
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