研究概要 |
ラットにおける短期記憶は,視覚情報の保持(視覚記憶)に比べて聴覚情報の保持(聴覚記憶)が優れている(筒井,1998).このような記憶のモダリティ効果につき,我々は視覚記憶と聴覚記憶の間に脳内情報伝達機構の差異が存在する可能性を考え,記憶と密接に関わる脳内コリン系とモダリティ効果の発現との関係を調べている.脳内コリン系には主要な2つの経路があり,1つが内側中隔から海馬へ投射する経路,もう一つが前脳基底部から皮質へ投射する経路である.先の研究(筒井,2003)では,内側中隔を破壊したラットで視覚情報の保持が障害されたが,聴覚情報の保持には影響が現れなかった.本研究ではマイネルト基底核(nbm)を中心とした前脳基底部を破壊し,モダリティ効果への影響を調べることにした. 実験の結果,前脳基底部の破壊は視覚情報の記憶と聴覚情報の記憶のいずれにも障害を与えることがわかった.ただし,視覚記憶と聴覚記憶に与える影響には次のような差異が認められた. まず,聴覚情報の保持については,前脳基底部破壊により遅延時間依存的にその能力が低下した.先の実験(筒井,1998)で内側中隔破壊が聴覚記憶に影響を与えなかったことから,前脳基底部-皮質系が聴覚情報の短期記憶に関わる経路である可能性を示しているといえる. 次に,前脳基底部の破壊の効果は視覚記憶には著しく現れ,遅延時間の長さに関係なく,全体的に記憶成績を低下させた.これは前脳基底部破壊が視覚情報の短期記憶を阻害したというより,むしろ課題のルールそのものを失わせた可能性を示している.すなわち,前脳基底部は視覚情報の保持に関わる長期記憶(ルール)に関与し,それが今回の破壊によって消失したのではないかと我々は考えている.
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