研究概要 |
トロピリウムイオンは1950年代にシクロヘプタトリエンを臭素化する過程で見出されたπ共役炭素陽イオンである。七員環内で陽電荷が非局在化しており,6π電子系芳香族陽イオンであることが知られている。このシクロヘプタトリエンと臭素の反応でトロピリウムイオンが生成する反応にならい,シクロヘプタトリエンの窒素複素環類縁体である3H-アゼピンと臭素の反応を検討した結果,2-プロモ-2H-アゼピン誘導体が少量であるが生成することを見出し,その生成機構を明らかにした。すなわち,7-プロモシクロヘプタトリエンはイオン化して,トロピリウムプロミドとして存在するがプロモアゼピンは中性種として存在することを見出した。このような知見から,アザトロピリウムイオンの合成は環の2位に脱離能の高い置換基を持つ2H-アゼピン誘導体を効率良く合成することが鍵段階になると考えた 既知の方法により2-メトキシ-3H-アゼピン誘導体を合成した。NBSとの反応を-98℃で行うとNBS付加体を経由して,塩基の作用により2H-アゼピン誘導体を定量的に生成することがわかった。得られた2H-アゼピン誘導体はマススペクトルで2位メトキシ基が脱離したフラグメントイオンが基準ピークとして観測された。これは,化学反応においてもメトキシ基を脱離させると安定な陽イオン種が生成することを予測させるものであった。 種々の化学的手法で2-メトキシ-2H-アゼピンの2位メトキシ基の脱離を検討した。メトキシ体のエーテル結合は酸による開裂が期待されるので,プロトン酸との反応を種々検討したが良好な結果を得なかったがクロロホルム溶液にルイス酸である四塩化チタンを添加して^1H NMRを観測したところ,すべての環プロトンはδ7.86-9.43ppmの領域に低磁場シフトして観測された。また^<13>C NMRでは環炭素はδ131.0-181.2ppmの領域に観測され,新奇なイオン種アゼピニウムイオンであることを確認した。化学反応性を明らかにするために,芳香族基質とのフリーデル・クラフツ型反応を行った。すなはちアゼピニウムイオンを求電子剤とする芳香族置換反応である。トロピリウムイオンでは,このタイプの反応は観測されないと報告されているが,ベンゼンとの反応ではアゼピニウムイオンの2および4位が反応活性部位であることが分かった。このことからアゼピニウムイオンは芳香族性をもつ一重項陽イオンであることがわかった。
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