研究概要 |
本研究は,ヒドロ虫類Cytaeis uchidaeにおいて位置特異的に分化している異型ポリプの分化要因と機能について野外観察と室内飼育実験に基づき自然史学的に検証することを目的として行った. その結果,異型ポリプは,すでに発見されていた模式産地(三浦半島三浦)から得られた群体以外にも各地から得られた群体からも発見された.また,約50年前に模式産地の三崎から採集された標本を精査し,これらの標本も異型ポリプを持っていたことが判明した.これらのことから,異型ポリプは,海洋環境の悪化など物理化学的な要因ではなく,何らかの生物的環境要因により分化する本種ヒドロ虫に特徴的な形態形質であることが明らかとなった.本研究の対象であるCytaeis uchidaeは,腹足類ムシロガイの生貝の貝殻上に特異的に棲息している.本種ヒドロ虫の刺胞構成を調べた結果,この宿主腹足類の殻口部付近に存在するヒドロ根に通常とは異なる特殊な刺胞(basitrichous isorhizas)が分化していた.しかも,この刺胞は他の部域に移動することなく,殻口部付近にのみ限定的に分布していた.異型ポリプは,この特殊な刺胞が殻口部付近にある通常のポリプに移入,触手に蓄積されることにより形成されていた.つまり,異型ポリプは,通常ポリプからの変形であり,その変形の要因は位置特異的に分化する刺胞であることが明らかとなった.宿主腹足類の殻口部は本種ヒドロ虫の幼生が着生・変態可能な唯一の場所である.そして,幼生の着生・変態には,宿主腹足類から出される分泌物が作用しているとされている.これらのことから,この特殊な刺胞も宿主腹足類からの分泌物など何らかの作用により分化しているのではないかと考えられた.異型ポリプの機能については,捕餌の役割はないことが確認された.このポリプの本来の機能については,防御が考えられるが,今後研究を継続して明らかにしなければならないと考えられる.
|