研究概要 |
【研究背景】 近年心のニューロサイエンスaffective neuroscienceは人生早期に脳が環境と刻々と相互作用をもち刺激をやりとりしながら体験をとりいれ発達していることを示している。新生児は意味のわからぬ段階から言葉の音程、強弱やメロディーなどの音楽的諸要素を識別し、母親の感情を察知して反応する。この現象をコミュニケーション的音楽性communicative musicality(以下CM)とMalloch, S、Trevarthen, Cは名づけた。CMはPulse, Quality, Narrativeの3要素から成り音声学的解析により実証できる。今日日本で年々増加する早産低体重児は、生理的ハンディキャップに加え母親の育児不安を誘発し母子の愛着障害のハイリスクを呈している。本研究は未熟児の早期の交流能力を明らかにすることにより母親の育児支援の基礎資料を提供する目的で、未熟児-母相互作用におけるCMを研究した。その成果は第10回世界乳幼児精神保健学会パリ大会ワークショップにて発表した。 【研究方法】 対象は3種類;(1)NICU入院中の早産低出生体重児と母親で母子相互作用の記録できた2組。NICUの一角にて2台のカメラとマイクにより音声画像を記録した。(2)分娩直後の満期産児と母親1組。それぞれにおいて50分記録の最初の5分間につきWS1560(小野測器)を用いてSpectrograph解析を行った。(3)虐待のハイリスクのために危機介入を受けている境界人格障害の母親と早産低出生体重児。NICUにおけるカンガルーケアの記録についてSpectrograph解析を行った。(1)(2)(3)を比較検討した。 【研究結果】 日本の満期正常産児の誕生直後の母親との相互作用において明確なCMが認められた。早産低出生体重児2組の母子相互作用においては、児の反応は少なく弱いピアニッシモの発声であるが、満期正常産と同じ0.7秒前後のPulseを示すCMが認められた。この2組のCMをPulse, Quality, Narrativeにつき比較すると「バランスのよい」CMと「バランスの悪い」CMに分類できた。後者のバランスの悪さは双子による母のゆとりのなさが示唆され、フォローアップしたが愛着障害に至らずに改善した。 【考察と結語】 日本の早産低出生体重児、満期産児と臨床例の母児のいずれにおいてもCMが認められた。早産低出生体重児のCMは満期産児に比べ発声が少なく弱かった。母親がゆったり児と向きあう瞬間に児が反応をしており、早産低出生体重児も満期正常産児と同じく、母のゆとりの有無を察知する間主観性の存在が示唆された。NICUにおける早期の愛着形成には母児のCMを守り育む配慮をもつ環境が必要である。
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