研究概要 |
本研究の目的は、中東の少数民族が日常の生活語として使用している絶滅危惧言語及び方言を記録、記述研究することである。今日中東の少数民族語、アラビア語諸方言は、いずれも政治的、文化的に圧倒的優勢なアラビア語文語、口語に押され絶滅の危機にある。近年の中東社会の急激な変化は、これらの言語の消滅に更なる拍車をかけている。いずれの少数民族語も数千年の文化伝統を持ち、かつて人類文化史に大いなる貢献を果たした言語でもあるが、現在では記録手段を喪失した無文字の口承言語となり、このままでは何らの言語的痕跡をとどめず消滅する運命にある。本研究では、比較的治安の良いエジプト、シリアの少数民族語を調査、日常生活の様子とともにビデオ録画・録音し、さらに音声記号による記述、言語分析を行う。収集した映像・音声飼料は、DVD化して内外の研究者に提供できるよう整理することで、現在作業を続けている。 エジプトにおいては、十数年前までコプト語を家庭での常用語とする家族が都市部に5、6家族存在していたが、初年度の調査で現在外国人危険地域と指定されているアスユート近郊に在住する1家族を除いてエジプトでコプト語家族は消滅していることが判明した。幸運にもアレキサンドリア市においてコプト語を母語として育ったインフォーマントを探し出し言語調査への協力を得ることが出来たが、この老女は健康を害し、残念ながら本年度は言語調査を断念せざるを得なかった。コプト語の調査は完全に閉ざされ、エジプト滞在中は、国立図書館ダールル・クツブ,カイロ大学図書館、ワーディ・ナトルーンの修道院でシリア語、コプト語の写本の調査を実施した。修道院の壁面に書かれたシリア語の断片を撮影収集した。 シリアでは、昨年度に引き続き、マアルーラ、バハア、ジュッバディーンの3村で西現代アラム語の調査を実施した。本年度は特に3村の文法、語彙における対照比較研究の資料収集を念頭において調査した。マアルーラ村では村の古老達の協力を得、音声資料を収集することが出来、これらの言語材の分析研究を行っている。本年度は、より古い姿を残すバハア村と変遷の進んだジュッバディーンの方言を調査した。3村間の交通手段がなく、5,6キロの砂漠道を炎天下徒歩で行くより方法がないため思うように調査は運ばなかったが、語彙・文法比較の資料収集に努めた。 マアルーラ村に設立されたアラム語教育センターは、言語・文学等の学識を持つ人材不足や政治経済の諸事情により停滞したままであり、今だその機能を発揮していない。言語を記録する文字すら確立できていない状態であるし、老人の死亡者も多く、いよいよ現代アラム語の記録保存が緊急の課題である。
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