研究概要 |
本研究全体を通して,種数2以上のタイヒミュラー計量(T-計量)によるブラウン運動(T-BM)とヴェイユ・ピーターソン計量(WP-計量)によるブラウン運動(WP-BM)のポテンシャル論的な比較を行うことが重要な目標となっている.種数1の場合には,タイヒミュラー空間は複素上半平面とみなされ,写像類群の作用はモジュラー群の作用であって,連分数変換の2回合成というただ一つ力学系の作用と軌道同値となっており,モジュラー曲面上のブラウン運動に関するポテンシャル論的性質と,測地流のエルゴード理論的性質には関連性があることも知られている.前年度(平成17年度)に引き続き,Rauzy inductionを繰り込んで得られる力学系に対して,そのエルゴード理論的挙動を調べた.既に得られている「あるクラスの繰り込まれたRauzy inductionは自然な不変測度に関してBernoulli的であり,滑らかな観測量に関しては相関係数が指数的に減衰するのみならず,常に漸近分散が正となり,非退化な中心極限定理が成立する」という結果の精密化とアーベル微分のモジュライ空間に制限したタイヒミュラー測地流がRauzy inductionの懸垂流として表現されるという事実を組み合わせることによって対応するT-BMに如何なるポテンシャル論的性質が期待できるかを検討した.また,写像類群上のランダムウォークのにDonskerの不変原理を適用してT-BMを構成する方法についても検討した.WP-BMとT-BMのポテンシャル論的な比較については十分な議論ができなかったがBufetov氏によって最近得られた繰り込まれたRauzy inductionの一種であるRauzy-Veech-Zorich inductionに関する評価を応用することによって17年度に得られた上述の結果の精密化には到達できた.
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