平成17年度に発表した論文「唐宋変革期における軍礼と秩序」(東洋史研究64巻3号)において、軍事儀礼に表現されるような古典的軍事秩序が、唐代中期以降、互酬慣習に基づく個別的・直接的君臣関係に取って代わられる過程を明らかにした際、一見逸脱的現象のごとき後者が実際には超歴史的に認められることから、これを広くとらえることで正統的秩序と目される前者を相対化しうるのではないかとの予測を立てたが、18年度はそれを裏づけていくため、軍事秩序を「受容する側」に当たる中下級武官の分析に取り組んだ。 中心的に分析を進めたのは、府兵制時代に当たる北朝後期から唐代中期において、禁軍の一部に存続した世襲的・専門的な兵種(北衙禁軍など)であり、彼らのなかには一般府兵とは一線を画する皇帝との直接的な君臣関係の自覚が窺われた。彼らを介して魏晋以来の兵戸制と唐代後期以降の募兵制を「兵民分離の持続性」という軸から架橋することで、「兵農一致の府兵制=古典的軍事秩序」という図式を相対化する展望が示しうるのではないかと考えている。 またその一方で、募兵制時代に当たる唐代後期の石刻史料(主として墓誌類)を調査するなかでは、府兵制とともに廃絶されたはずの折衝府官の就任歴を持つ事例が大量に含まれることが確認された。唐代前期における専門的兵種の存在と、後期における折衝府官の残存という一見矛盾する事象をいかに整合するかが今後の課題であるが、現在この枠組みをベースに論考化を進めている。 本研究課題は今年度で補助金受給期間を終了する。上記の課題は今後に残されているが、3年度にわたり、武力というものの分析を「受容の論理」に着目して進めた結果、当初の目標(軍事研究において支配的だった「武力=上からの強制」という視点を相対化すること)に、一定の見通しを与えられたのではないかと考えている。
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