研究課題/領域番号 |
16730038
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研究種目 |
若手研究(B)
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配分区分 | 補助金 |
研究分野 |
刑事法学
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
金 尚均 龍谷大学, 大学院法務研究科(法科大学院), 教授 (00274150)
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研究期間 (年度) |
2004 – 2006
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研究課題ステータス |
完了 (2006年度)
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配分額 *注記 |
3,400千円 (直接経費: 3,400千円)
2006年度: 1,000千円 (直接経費: 1,000千円)
2005年度: 1,100千円 (直接経費: 1,100千円)
2004年度: 1,300千円 (直接経費: 1,300千円)
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キーワード | 禁止薬物 / ダイヴァージョン / 麻薬 / 刑法 / 危険 / 薬物の自己使用 / リスク社会 |
研究概要 |
本年度は、とりわけ薬物の自己使用のダイヴァージョンを検討対象とした。この課題を検討するに際して、法理論上、いかなる根拠から当該行為を刑事規制からダイヴァージョンすべきなのかまたできるのかを考えざるを得ない。例えば、その根拠としてドイツの麻薬剤法の文脈から「国民の健康」という法益が刑法で保護すべき法益たり得ないということができるであろうか。そのように主張することが可能であるとすれば、総論的法益概念は、その侵害・危殆化が不明確で、しかも因果的変更が可能であるかもしくは不明確な事象について刑法で規制することについて限界線を引き、ひいては立法者の立法活動をも拘束する原理たりうると言えるであろう。しかし、国民の健康という普遍的法益を個人的に法益に還元して、「(個)人の健康」という法益と把握したとしても、いずれにせよ、法益そのものは薬物規制立法において見いだすことができると考えた。 また、薬物規制立法の法益を「国民の健康」としつつも、個別事例において個人的法益に還元した可罰性の判断の可能性も残されるが、このような可罰性解釈も当然に法益の正当性を認めた上での議論であり、薬物の自己使用に対する違法性または責任のレベルでの限定解釈であることは明らかである。そうであるとすれば、法益論そのものからは、薬物の自己使用のダイヴァージョンを見いだすことができないのではないかという疑問が沸き上がる。同時に、この疑問は、法益論の刑事立法・立法者規制機能の限界の問題であることをも意味することになる。 刑法の任務が法益保護であるとすると、刑法における管轄領域を画するには、当然に何が刑法で保護すべき事象なのか、しかもいかなる事象が法益たりうるのかについて法益論内部における理論的作業が不可欠なはずではなかろうか。それがなければ、法益論は刑法規範の説明機能しか持たないことになり、それにより、刑法の任務は法益保護ではなく、刑法で規定されている規範の保護にあると言わざるを得なくなってしまう。 以上のことを念頭に置いて、薬物の自己使用のダイヴァージョンの可能性を法理論的に解明するために、法益論がいかなる意義を持っているのかを検討した。
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