研究概要 |
ヒトは刺激に触れている指を動かす触運動を行って,数μmの微小な凹凸を「つるつる・ざらざら」などの質感として認識している.数μmの微小な刺激を知覚する場合,触運動に伴う指先の変形と皮膚内部の感覚器の位置との関係により触覚の認識能力を高めている可能性が指摘されている.そこで本研究では,触運動の方向により指先の変形の仕方が異なる点に着目して,「人は触運動の方向を選択して触感覚認識能力を高めている」とする仮説を立て,本仮説を検証することを研究目的とする. 本研究では,触運動の方向依存性や速度効果などについて定量的に測定するため,試料の刺激強度,呈示速度,呈示方向,呈示温度をそれぞれ制御して,被験者に呈示することが可能な実験装置をこれまで開発しており,心理物理実験ではこれを用いた.実験では,まず,10〜100μmの段差について能動的触知覚と受動的触知覚における弁別閾の計測を行った.その結果,触知覚の違いに関わらず段差量に比例して弁別閾が大きくなるという傾向が得られた.また,およそ50μm以上の刺激において,受動的触知覚よりも能動的触知覚のほうが認識精度が高いことがわかった.これは,触運動の生成による手・指の運動情報が触覚認識に利用され,微小段差弁別能力が向上したことを示唆している.つぎに,触運動の方向が異なる場合の弁別閾を計測した.呈示試料としては10μmの段差を用い,その呈示方向として,指の長手方向に対して段差が垂直に移動するときを0°として,時計回りに0,45,90°の三水準とした.その結果,触運動の方向に関係なく弁別閾はほぼ一定となった.このことから,10μm程度の微小な刺激において,ヒトの触覚の分解能は触運動の方向に影響されないことがわかった.
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