研究概要 |
本研究は,過去の水温の季節変化・日較差を復元するために,安定した条件下で有孔虫の飼育実験を行い,殻中のマグネシウム(Mg)含有量の微小分布を測定し,石灰化中の水温条件が元素の分布に与える影響を明らかにすることを目的とした. 実験室内で水温を10〜23℃の3条件設定し成長させ,飼育試料と野外で成長した天然試料のマグネシウムとカルシウムの含有量をEPMAを用いて定量した.飼育水温が高いほど有孔虫殻のMg/Caの平均値が高い値を示し,両者間には一次式で近似できる相関関係が観察された.天然の試料ではチャンバー毎に平均値が異なった.チャンバー毎のMg/Caの平均値の変化は,現場で記録された水温変動と一致した.これは,有孔虫殻のチャンバー毎のMg/Caの平均値は水温の時系列的な変化を記録していることを示している. 飼育・天然の両試料において,微小部位毎のMg/Caは大きくばらついた.飼育試料のMg/Caの変位を水温の変動に換算すると20℃に相当する.また天然試料の方が変位が大きかった.実験室内では水温を一定に保っているにもかかわらずMg/Caの変位があるのは,ばらつきが水温によるものではないことを示唆している.変位の空間分布はモザイク状で,系統的な濃度勾配は見られなかった. 顕微鏡下でチャンバーフォーメーションを観察したところ,石灰化は殻全体で一様に進行するわけではないことがわかった.石灰化の過程で細胞内のpHや母液のMg/Caが変化したと考えれば,Mg/Caの分布が一様でないことを説明できる.天然の試料のほうが変位が大きいことは,現場の水温変動の影響も被っているためと考えられる.すなわち,有孔虫殻のMg/Caの変位は細胞内の環境と周囲の水温の双方の影響を受けるのである.実験室内の観察によれば,有孔虫は数時間から半日かけて新しいチャンバーの形を整え,その後数日間石灰化がつづく.もし種毎の固有のMg/Caの変位がわかれば,石灰化の間の水温の変化の大きさを読みとることができる.
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