研究概要 |
疲労き裂伝播の素過程に及ぼす水素の影響を調べるため,浸漬水素チャージした純鉄の粗大粒および多結晶試験片を用いて室温,大気中にて板曲げ疲労試験を行った結果,以下の知見を得た. 1.多結晶試験片を用いた疲労試験では,未チャージ材と水素チャージ材で疲労寿命およびき裂伝播速度に明確な差は認められなかったが,すべり帯の形態に顕著な相違があった.未チャージ材では多重すべりからなるすべり帯が結晶粒単位で広く分布しているのに対して,水素チャージ材ではすべり帯の発生は少なく,結晶粒内で局在化していた. 2.粗大粒試験片を用いた疲労試験では,水素チャージ材と未チャージ材で同じ結晶方位(試験片板面が(111)から約8°)を有する結晶について検討した.水素チャージ材と未チャージ材ともに,試験片表面上で試験片軸方向に対して約60°の角度をなすすべり帯({112}系)が形成された.すべり帯は水素チャージ材のほうが未チャージ材に比べて幅が狭く,多く発生していた.未チャージ材ではすべり帯の幅がちょうど多結晶の結晶粒寸法に相当する程度となっていた.またすべり帯のAFM観察では,すべり帯中に複数のすべり系が活動した痕跡がみられた.これらの結果は,未チャージ材では複数のすべり系が活動し,すべり帯が幅方向に拡大したことを示唆している.また未チャージ材では,この主すべり系のすべり帯中をき裂が進展したのち,隣接するき裂が連結して破壊した.一方,水素チャージ材では,き裂は主すべり系のすべり帯からわずかにそれながら進展した.き裂の先端には主すべり系のすべり帯とは別に二次すべり系のすべり帯が観察されたことより,水素チャージ材では活動するすべり系が限定されながらも,き裂は本質的に交互のせん断変形により進展したと推察される. 以上の結果より,水素は転位の易動度に影響を及ぼし,活動するすべり系を限定することで疲労き裂伝播の素過程に作用するものと考えられる.
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