酸素発生型光合成は、生物・化学の両面で古くから研究されてきた。これまでに、光化学系II(PSII)と呼ばれるタンパク質内に存在するMnクラスター(OEC)が触媒として働き、酸素発生反応が進行することが判明している。実験から、OECは4回の光吸収で5つの異なる酸化状態(Si (i = 0-4))を経て、酸素分子を1分子放出する反応モデル(S状態モデル)が提案されているが、その反応機構は未解明である。 我々はこの問題に取り組むため、PSII単量体を顕に扱ったQM/MMシミュレーションを実行した。この時、OEC及びその近傍を量子力学的に扱い、その他のペプチド鎖や小分子を古典力学で記述した。これにより、タンパク質が作る電場を考慮した自由エネルギー計算が可能になる。 本研究では、構造がほぼ確定したS1状態に注目し、OECが酸化されてS2状態に変化する際の自由エネルギー変化を計算した。さらに、PSIIタンパク質の溶媒効果を検証するため、気相中で計算されたOECの酸化自由エネルギーと比較した。 S1状態においてOECの構造を固定したまま一電子酸化させた際の自由エネルギー変化は、気相中の値(172.5 kcal/mol)と比べてPSIIタンパク質中で50 kcal/mol程度小さくなることが確かめられた。また、S1→S2遷移に伴う自由エネルギー変化の実験値が約120 kcal/molなのに対し、気相中では142.1 kcal/molと計算された。従って、PSII環境下では酸化自由エネルギーが低下し、酸化後のOECの構造変化に伴う自由エネルギー変化が軽減されることが予測された。以上から、PSIIタンパク質の溶媒効果により、OECからその酸化還元ペアであるチロシン残基へ電子が移動する際の活性化自由エネルギーが減少し、電子移動速度が著しく増大することが推測された。
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