研究実績の概要 |
我々が語を読み上げたり(音読),言ったり(発話)する際には,その語の音声情報を前もって準備しておく必要がある。このときの基本的な処理ユニットは,「音韻単位」と呼ばれている(e.g., Levelt, Roelofs, & Meyer, 1999)。 従来の研究では,音韻単位は言語間で異なると考えられてきた(e.g., O’Seaghdha, Chen, & Chen, 2010)。これに対して,Yoshihara, Nakayama, Verdonschot, and Hino (2017)は,音韻単位は表記に依存しており,言語内でも異なる可能性を指摘した。 しかし,Yoshihara et al. (2017)は音読課題のみを用いたため,彼らの主張は,より“自然な”音声処理プロセスを反映する,発話課題にまで一般化できない可能性がある。そこで本研究では,漢字語を刺激に用いて,マスク下プライミング手法による音読課題と発話課題(命名課題)を実施した。 実験の結果,いずれの課題においても,同様の結果が観察された。このことは,課題の種類によらず,音韻単位は表記に依存しており,言語内でも異なるというYoshihara et al. (2017)の主張を支持するものであった。すなわち,日本語においては,カナで表記される語の音韻単位はモーラであるのに対し(e.g., Verdonschot et al., 2011),漢字で表記される語の音韻単位は個々の漢字の読みであると考えられる。 従来の研究においては,音韻単位は最初期の発話語彙を獲得するとともに固定されると仮定されてきた(O'Seaghdha, 2015)。しかし,本研究の結果から,音韻単位は表記の習得を通じて変容するものであることが示唆された。今後は,音韻単位の発達的な変化について研究する必要性があると考えられる。
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