本研究では主に無性生殖という視点からコケ類の生態や多様性を明らかにすることを目指した。コケ類の無性芽散布に動物が関与する可能性を発見したことをきっかけに、コケ類とその他の生物との相互作用についても研究を展開し、2017年度は以下の成果を得た。 1.ヘチマゴケ類の無性芽生産と分類:蘚類ヘチマゴケ類の一部のグループは、無性芽による無性生殖を頻繁に行うことが知られている。定点調査および分子系統解析の結果、各種で安定と考えられていた無性芽には多型が存在することが明らかになり、一部の種は分類学的扱いを変更する必要があることがわかった。 2.コケ類の無性芽の動物散布:植物の散布体が動物によって分散されることは被子植物ではよく知られているが、コケ類ではほとんど報告例がない。コケ類を食べるガガンボ類の糞中に含まれるコケ類の断片を培養した結果、一部の無性芽は発芽能を維持していたことが分かった。無性芽がシュート断片に比べ強いストレス耐性を持っていること、またその程度は無性芽の形態によって異なることが明らかになった。コケ食者がコケ類の無性生殖に関与しうることを示した貴重な事例であるとともに、無性芽の形態に適応的意義があることも示唆された。 3.コケ類の虫えい:昆虫などが植物の組織に入り込んで、植物に異常成長をさせながら自身の住処や食料とする虫えいは、維管束植物では一般的なものであるがコケ類では線虫などでわずかに知られていたにすぎない。コケ類では初となる昆虫による虫えいについて、切片を作成し組織学的な記載と考察を行った。虫えいが発見されたのはMonoclea属の葉状苔類で、虫えい誘発者はハモグリバエ類の幼虫だった。被子植物のものと比べると非常に単純な構造をしており、厚壁化や表面の修飾は見られなかった一方で、通常は存在しない細胞分化や過剰な細胞分裂も確認された。
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