研究課題/領域番号 |
16K02605
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
研究分野 |
文学一般
|
研究機関 | 新潟県立大学 |
研究代表者 |
波田野 節子 新潟県立大学, その他, 名誉教授 (50259214)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
研究課題ステータス |
完了 (2019年度)
|
配分額 *注記 |
3,900千円 (直接経費: 3,000千円、間接経費: 900千円)
2018年度: 2,080千円 (直接経費: 1,600千円、間接経費: 480千円)
2017年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2016年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
|
キーワード | 植民地 / 東アジア / 日本語創作 / 朝鮮近代文学 / 台湾新文学 / 李光洙 / 謝春木 / 洪命憙 / 台湾近代文学 |
研究成果の概要 |
研究成果として以下の知見を得た。 日本の植民地となった韓国と台湾の作家は日本語を通して西洋近代文学に出会った。韓国と台湾で最初の近代作家とされる李光洙と謝春木の処女作がともに日本語で書かれていることがそれを象徴する。だがハングルという文字があった韓国より、日常語を書写する文字のなかった台湾において日本語はより深く浸透した。植民地末期には皇民化政策により多くの日本語小説が書かれ、植民支配の終焉後、韓国の若い作家は身体に刻印された日本語のトラウマに長く悩まされた。一方、台湾の作家の多くは解放後も日本語で書こうとし、国民政府の苛酷な北京語強制のため創作から離れることをよぎなくされた。
|
研究成果の学術的意義や社会的意義 |
戦後75年がたち、韓国ではハングルによる創作が定着し、台湾では国民党政府の言語政策の結果、大陸と同じ中国語で創作するのが普通になった。いまでは日本が行なった日本語強制の痕跡などないかのようである。しかし日本語が両国の萌芽期の近代文学にどのような影響を与え、植民地末期の皇民化政策で行った徹底的な日本語教育が、その世代の作家にどのような影響を与えたか、また現在どのような形で痕跡が残されているかの研究はきちんとなされるべきである。本研究は、そうした作業の一環としての意義がある。
|