研究概要 |
PC12細胞は神経成長因子(NGF)によって、未分化状態から神経細胞様の形態に分化する。本研究では、分化過程における3つの主要な細胞内情報伝達分子、TrkA NGF受容体、低分子量GTPase Rasの活性変動を可視化計測し、分化状態遷移の分子機構を探索することが目標である。今年度はNGFとその受容体であるTrkAの複合体の細胞膜における動態と、情報伝達反応の1分子計測を行った。複合体の運動にはランダム拡散状態と停止状態があり、個々の複合体が2つの状態を1秒前後で行き来することが観察された。状態間の遷移は両方向とも確率的に起こり、それぞれひとつの律速段階をもつ。停止時においては、複数の複合体が会合体を作ることが観察された。また、停止はTrkAの持つリン酸化活性に依存していた。リン酸化したTrkAは細胞質蛋白質Shcを介してGrb2/Sos複合体に認識され、Sosは細胞膜の低分子量GTPase Rasを活性化するとされている。活性化したRasは細胞質のリン酸化酵素であるRaf1に認識される。Cy3-NGFとGFP-Raf1を同時に1分子観察すると、細胞膜でCy3とGFPの蛍光輝点の共局在が起こる。これはCy3-NGFからGFP-Raf1への情報伝達複合体の形成が1分子レベルで観察されたことを意味している。1分子レベルの共局在は常にCy3-NGFが停止状態にある時に起きた。すなわち、NGF/NGF受容体複合体は細胞膜上をランダムに動き回りながら、細胞内に取り込まれるまでの数分間に間歇的に細胞質の情報伝達蛋白質と複合体を形成して、細胞内に情報を伝える。情報伝達複合体はNGF,NGF受容体(TrkA,p75),Shc,Grb2,Sos,Ras,Raf1といった多くの蛋白質を含むと予想されるが、それはほとんどひとつの律速反応で形成されるといったことが明らかになった。
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