研究概要 |
眼球を構成する組織の中で,硝子体のゲル構造は未だ確定しておらず,様々なモデルが提唱されている。その中で,E.A.Balazsにより提案された「ブリクショナル相互作用モデル」が一般的に支持されており,このモデルでは,硝子体のゲル構造はコラーゲンの骨格のみによるとするモデルであり,ピアルロナンはその粘弾性と保水機能によりコラーゲンの骨格の安定化に寄与しているとしている。しかしながら生化学的な検討に基づくモデルであり,その微視的構造,さらに硝子体高分子間の相互作用についてはまったく未解決である。これは単に高分子科学の進歩からだけではなく,疾患の治療・予防のためにも早急な解決が必要不可欠である。そこで本申請課題では,まず(1)眼球組織,特に豚硝子体を用いて「結合組織」としての硝子体の構造・物性の解明,構造モデルの確立を行った。その結果に基づき,(2)人工硝子体分子の分子設計,(3)人工硝子体分子の創製その構造・物性解析,(5)人工硝子体のin vivo検討を実施した。人工硝子体の開発には,その骨格となっている硝子体ゲルの構造・物性を十分に理解し,それに基づき分子設計する必要がある。本検討課題では,まず人間と同様の構造・機能を有すると考えられる,子牛ならびに豚の摘出硝子体の構造,物性を主に動的光散乱,力学特性の側面から検討を行った。その結果に基づき,硝子体置換材料すなわち人工硝子体は可能な限り硝子体に類似の物性を有し,しかも半永久的に不活性で透明性を有し,安定した構造でかつ機能をもった,眼内で吸収されず眼内タンポナーゼ効果(構造を維持し,網膜を然るべき位置に押さえる効果)を示す材料の開発に成功した。すなわち(1)眼内で強くゲル化しタンポナーデ効果を高めるだけでなく,(2)薬剤の徐放効果,(3)収縮を引き起こす細胞成分の増殖抑制,さらには(4)屈折率を元来の硝子体よりも高め眼球光学系の屈折状態を合目的に変えることができる材料の創成に成功した。 本研究の特色は,結合組織としての硝子体を「高分子ゲル」として捕らえ,その微視的構造・物性を詳細に検討した結果を用いて,物理化学的基礎に立脚した分子設計により「人工結合組織」を創製することに,その意義・独創性がある。ここで得られた成果は,ピアルロナンが極めて低濃度示す非常に高い粘性の分子論的理由,またピアルロナンがコラーゲンと複合体を形成した際にゲル構造を形成するメカニズムなどの未解決な問題の解明は,本研究では眼硝子体を用いるものの,それだけにとどまらず生体のナノ構造・分子機械の解明につながると考えられる。
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