研究概要 |
個体群生態学は生物の数の変動や分布様式を分析し,そのメカニズムを解明することを目的とする生態学の一分野で,野ねずみ個体群の研究は,エルトンの記念碑的な論文(Elton 1924)以来歴史的にこの分野をリードしてきた.北海道の生息するエゾヤチネズミをはじめとする野ねずみの研究は,個体数の時系列データの分析などで国際的に高く評価されてきたが,個体数の変動と個体群の空間構造の関係には未解明な点が多く,時間軸に基づく現象と空間的な構造を組み合わせた研究を求められていた. 本研究では,オホーツク沿岸,道東,大雪山地域では周期的に大変動する個体群が多く,道央,道南と南に下るに従って周期性が薄れ,変動幅も小さくなるというエゾヤチネズミ個体群にみられる地理的な勾配に着目し,個体群変動パターンの地理的変異と遺伝学的な空間構造を比較した.その結果,遠く離れた地点間の遺伝的類似性が近隣の地点間よりも高いなど,遺伝的空間構造は地理的距離や地形を反映しないことがわかった.エゾヤチネズミは小型で移動性が乏しく個体群の高い独立性が期待できるにもかかわらず,遠く離れた地点間の遺伝的類似性が近隣の地点間よりも高くなったことは大変興味深く,遺伝的空間構造は地形などによって単純に決定されていないことを示している.このように複雑な遺伝的空間構造の研究はこの分野のトップジャーナルであるMolecular Ecology誌で近年次々と発表され,分子生態学の主要な研究課題として発展しつつあり,複雑な遺伝的空間構造をもたらす要因に注目が集まっている.本研究の成果は,遺伝的空間構造と生態学的な現象の関連を指摘することによって,この分野に新たな視点を提供した.
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