研究概要 |
行動発動の様式には,大脳新皮質が重要な役割を担う随意的な行動と,大脳辺縁系や視床下部の活動により誘発される情動行動とがある.特に,後者では,大脳辺縁系・視床下部から脳幹への投射系が重要な役割を果たすことが明らかとなっている.通常喜びや驚愕,恐怖などの情動刺激は,「筋緊張の亢進」や逃避などの「歩行行動」を誘発する.しかし,ナルコレプシーと呼ばれる神経疾患では,情動刺激が「レム睡眠と同様の骨格筋の筋緊張消失(情動性脱力発作)」を誘発させる.ナルコレプシーではオレキシンという神経ペプチドが脳内で減少していることが明らかになった.しかし,オレキシンがどの様なメカニズムで情動刺激に対する行動発現パターンの切り替えに関与するのか?については解明されていない. 我々は,外側視床下部に存在するオレキシンニューロンが中脳被蓋への投射系を介して歩行行動とナルコレプシーにおける情動性脱力発作の発現や切換えに関与するという作業仮説を立て,これを動物実験により検証することにした.除脳ネコ標本を用いた研究により,中脳に投射するオレキシン作動系は,歩行運動や筋緊張を亢進させるシステムの興奮性を高く維持すること,そして,レム睡眠様の筋緊張消失を誘発する抑制系の活動を抑えていることが明らかとなった. その結果,正常覚醒時においては,オレキシン作動系は歩行運動系の興奮性を高く,筋緊張抑制系の興奮性を低く維持している.従って情動刺激の信号は中脳被蓋に作用して歩行行動を誘発する.一方,ナルコレプシー(オレキシンの減少)では,歩行運動系の興奮性は低く,筋緊張抑制系の興奮性は高く維持される.そのため情動刺激は筋緊張抑制系を駆動してレム睡眠様の筋緊張消失を誘発させると考えられる.これらのメカニズムによりオレキシン作動系は情動行動の選択・切換えに関与すると共に,この仕組みの異常がナルコレプシーの病態を形成していることが明らかとなった.
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