研究概要 |
長期記憶の神経基盤とされるシナプス可塑性は,電気生理学的には反復刺激後の誘発電位の長期増強(LTP)や長期抑圧(LTD)としてとらえられ,従来,げっ歯類の海馬体で詳細に研究されてきた.しかし,これらシナプス可塑性の指標を霊長類の海馬体で調べた研究はなかった.そこで今回われわれは,1.霊長類であるサルの海馬体でLTPやLTDが誘導されるか,2.シナプス可塑性が誘導された場合,そのげっ歯類との差異は何か,3.シナプス可塑性と記憶とはどのような関係があるか等を明らかにすることを目的として研究を行い,以下の成果を得ることができた。1.平成17年度には,脳の深部に存在する霊長類の海馬に,MRIの画像データに基づき刺激および記録電極を正確に埋め込み,誘発電位を記録する実験系を確立した。2.平成17〜18年度には,このモデル動物で,種々の刺激条件を用い,LTPとLTDの誘導のを試みた。LTPは400Hzで高頻度反復刺激を与えると再現性よく誘導されたが,LTDは今回用いたどの刺激条件でも誘導されなかった。3.平成18〜19年度はサルとラットでLTPの特性(持続性)を比較した。一旦LTPが誘導されると,サルでは長期間(1ケ月以上)持続するが,ラットでは比較的速やかに(1週間以内に)減衰した。4.平成19年度は老齢サル(1頭)とそれより若いサル(1頭)を用いて学習課題を訓練し,年齢による行動成績やLTP誘導性の差異を比較・解析した.その結果,老齢サルのほうが行動課題の成績は悪い傾向があるが,LTPの誘導性や持続性には有意な差はなかった。以上の結果より,1.LTPはげっ歯類と霊長類という動物種差を超えた普遍的なシナプス可塑性のモデルになること,および,2.LTPの持続時間は,海馬体が記憶固定に役割を果たす期間の動物種差(霊長類では長く,げっ歯類では短いという事実)に関係することが示唆された。
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