研究概要 |
重症心身障害児とは,知能指数35以下の重度の知的陳害と,寝たきりかやっと座れる程度の重度の肢体不自由が重複した,障害者の中でも最も重い障害を持った児童である。本研究者らは,ヒトの交感神経系の活性変動に伴って,唾液に含まれる消化酵素の一つであるalpha(α)-アミラーゼ(以下,唾液アミラーゼと略す)の濃度(活性)も変動するという医学的知見に着目し,従来にない全く新しい非侵襲的(体に傷を付けない)な唾液アミラーゼを用いた交感神経モニタの閾発を行っている。本研究の目的は,交感神経系の変動の随時計測による重症心身障害児との「言葉を使わないコミュニケーション(nonverbal communication)手法」の実現可能性を探ることにある。その基礎研究として,唾液アミラーゼ活性を中心としたヒト感性の評価モデル,すなわち情動モニタリング手法を考案するとともに,情動モニタリング機器を試作し,臨床評価を通してその有効性を検証した。 日常的な胃チューブもしくは気管カニューレの交換が必要な重症心身障害児を被検者とし,治療行為前後の唾液アミラーゼ活性と心拍数を同時に測定したところ,治療行為によって唾液アミラーゼ活性が有意に増加し,その増加率は平均で70%に達することが観察された。唾液アミラーゼ活性は,心拍数よりも増加率が2倍以上大きく,共分散構造分析(SEM)による解析でも痛みとの相関が高かった。また,唾液アミラーゼによる重症心身障害者の生理的変化の検出の可能性を検証するために,重症心身障害者と健常者のストレッサーに対する生理反応を唾液アミラーゼで定量的に評価して比較した。その結果,重症心身障害者において,唾液バイオマーカーの絶対値には健常者と顕著な差異はないが,その応答性が健常者と比べてやや低下していることが示唆された。 本研究によって,従来にない全く新しい重症心身障害児のためのノンバーバルコミュニケーション手段実現の可能性が示唆された。本研究の成果は,英文論文3編,和文論文2編,および生体医工学国際会議や日本重症心身障害学会学術集会等の学会で報告するとともに,唾液アミラーゼ活性の分析方法に関して国内特許出願を行った。 これらの成果は,重症心身障害児の機能回復や体の変形の予防だけでなく,生活の質(QOL)の向上や家族とのインフォームドコンセントへも反映できると期待される。
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