本研究では、信仰や実存といった人間存在の基底における「交わり」(コミュニケーション)の機能の解明を進めるため、ヤスパースの交わりに関する思想の形成を跡づけ、関連する他の思想家とヤスパースを比較し、考察を行った。その結果、次のような成果が得られた。 1.ヤスパースの『世界観の心理学』における「交わり」につながる要素を抽出し、検討した。同書における「間接伝達」(indirekte Mitteilung)、「了解」(Verstehen)は、絶対者への関係において自己存在同士が吟味し合い、明らかになっていく過程を捉えようとしたものであり、交わり思想の原型と言える。この考察は、従来看過されてきた、ヤスパースの心理学から哲学への移行期における交わり思想の形成を解明するものである。 2.交わりに関し、宗教的信仰に立つブーバーと哲学的信仰を提唱するヤスパースを比較した。両者の共通点は、人間同士の本来的な交わりは、自己存在の根源であり、絶対者との関係において遂行されることを主張する点である。相違点は、ブーバーは絶対者と人間の直接的交わりを想定するが、ヤスパースは実存と絶対者との直接的交わりを否認し、絶対者は事物の意味を充実するものとして間接的に開示されると考える点である。 3.田邊元の「種の論理」を「同一性論理」を越えた「非対象的思惟」と捉え、ヤスパースの思想と比較した。種の論理は、否定・対立を介して運動する現実を捉える「絶対弁証法」、主語と述語を「無」で媒介する「繋辞の論理」、自己存在の「自由の論理」という特徴を持つ。これらの特徴は、重点の置き方の違いはあるがヤスパースの思想にも見られる。この考察により、同一性論理とは異なる交わりの様相を解明する端緒が開かれたと思われる。
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