山東京伝・曲亭馬琴などの江戸読本においては、〈因果応報〉の理念が長編全体を覆う構成原理となっているが、同時期(19世紀初頭)の上方読本においては、人間の行動や感情のごとき人的要因の連鎖が全体の構成を決定付けるという、大きな傾向が認められる。 上方読本の中でも、特に速水春暁斎の〈絵本もの〉読本は、実録を読本にアレンジするにあたり、特にこの点を明瞭に意識している。人物と人物との離合や事件の発生について、因果の作用としたり単なる偶然の産物とすることなく、人間の言動の一つ一つを連結させ、そこに避けられぬ必然性があったものとして描く。 また速水春暁斎よりも後の作者・栗杖亭鬼卵の作のうち、実録を種とする作について、典拠と対比しながらその作法を分析すると、人間の感情の連鎖の結果事件が生まれるように書いていることが解り、すなわち春暁斎の〈絵本もの〉の流れを汲んでいることが明らかになった。春暁斎の作風は、その後、京伝・馬琴の江戸風が上方にも入って来て以降も、依然として生き続けていたのである。 後期上方読本の代表作者の一人である馬田流浪の作においては、人間の性格というものへの関心が見て取れ、人物の一々の言動をその性格との連関の中で記すという方法が用いられている。 全体から、人的要因の描写を基盤として長編を構成するという上方読本の特性を見て取ることができる。
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