研究課題
基盤研究(C)
一般民衆のあいだで語り継がれてきたメルヘンのなかには、キリスト教が導入される以前の古代ゲルマンの古い神話や信仰の痕跡が残っている。『子どもと家庭のためのメルヘン集』を収集しながら、グリム兄弟はそのような考えに想到した。本研究は、グリム兄弟のそうした意図がどの程度まで正しかったかを確証し、キリスト教導入以前のヨーロッパ文化を復元することにある。本研究の結果、「灰かぶり」のようなメルヘンには、おそらくは太古にさかのぼるヨーロッパの民衆の農耕儀礼が反映していることが判明した。それを知る上で重要だったのは、ヨーロッパの辺境の地に残る古い祭りだった。祭りにおいて村人たちが動物や植物に変身して冬を追い払おうとするように、「灰かぶり」やその類話において女主人公は動物の毛皮や植物でできたマントを身にまとい、危機から脱出する。本研究は、両者の類似性を緻密に跡付けた。「いばら姫」に登場する塔の上の老婆を、グリム兄弟は古代ゲルマン神話の女神ホルダとして描いた。ホルダは古代ゲルマンの地母神であり、地上の生死、吉凶、豊作と不作を司っていた。その地母1神を誕生パーティに招待しなかった以上、いばら姫が長い眠りにつくのは当然のことだった。ホルダは「ホレおばさん」にも登場する。ホルダ(ホレ)は働き者にはほうびを、怠け者には罰を与えるという古代ゲルマンの信仰を、メルヘン「ホレおばさん」に明瞭に見て取ることができる。また「蛙の王さま」と日本民話の「鶴の恩返し」を比較検討することによって、大昔の人類は、人間から動物、動物から人間への変身は比較的普通に起きると考えていたことが判明した。そして前者のタイプが、魔女ののろいによって人間から動物に変身させられるというグリム童話のメルヘンに、そして後者のタイプが、自分を助けてくれた人間に恩返しをするために、人間(多くは若い女性)に変身し、人間の妻となって甲斐甲斐しく働くという日本民話になったと考えられる。本研究を通して、西欧文化と日本文化の根底に流れる共通のルーツを明らかにすることができた。
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