研究概要 |
本研究は,長編小説『赤と黒』の創作と当時のジャーナリズムの関係について検証することを目的としている。「法廷新報」で報じられたベルテ事件とラファルグ事件という現実の出来事からスタンダールが小説を着想したことはつとに知られている。しかしながら執筆中もしばしば彼は,偶然目にした新聞の記事からも挿話のアイデアをえていたのであり,我々は当該時期の主要な新聞のマイクロフィルムを入手し,そうした着想源の調査をおこなった。こうしてつきとめた記事の日付や作家の創作メモなどにもとづき,小説第1部・第18章の制作過程を中心に検証をおこない,きわめて意義のある以下の知見を得ることができた。(1)印刷所への原稿提出の時期および方法については,4月末ないしは5月初め以降,順々に清書原稿が渡された。(2)著者校正は初稿のみであった。(3)新聞記事に想をえたスタンダールがテクストに宗教的かっ象徴的な要素を加えたのは,第1部の校正作業期間(1830年5月初旬から6月中旬まで)であった。我々はまた,『赤と黒』と制作時期の重なる2つの作品の考察もおこなった。『ヴァニナ・ヴァニニ』についてはジャーナリズムとの関連からその成立過程を検証し,『ミーナ・ド・ヴァンゲル』にかんしては草稿メモの調査を試みた。その結果,これらの考証をつうじて『赤と黒』の創作過程を解き明かす手がかりを導きだせた。 本プロジェクトの総括,今後の課題および研究の展望については,冊子体の研究成果報告書にまとめている。
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