研究概要 |
本研究では,認知文法(Langacker1987,1991)の理論的枠組みで,2つの対応関係にある連体修飾表現はそれぞれ異なる認知プロセスを反映しているという立場から検討を行った。「の」格連体節とは連体節内主語を参照点として標的である被修飾名詞を同定する参照点関係をベースにR/T認知(Reference-Point/Target認知)を反映した連体修飾構文であり,この意味構造が改めてtr/lm認知(trajector/landmark認知)で捉え直されたものが「が」格連体節であると主張した。R/T認知で捉えられた認知像がいつでもtr/lm認知で捉え直しが可能であることが「が/の」交替の随意性の正体なのであり,2つの連体節表現は反映する認知モードが異なるだけで,同一の合成意味構造を有しているために意味的対立が生じないと論じた。 R/T認知(「の」)からtr/lm認知(「が」)へとする認知モード転換分析は,連体節内の主語の格マーキングの通時的言語変化を自然に捉えることを明らかにした。また,現代日本語は連体節においてtr/lm認知による捉え直しが行われるのが無標でありR/T認知で捉えられた認知像がそのままで言語化されるのが有標であるに過ぎないということであり,共時的に「が」が無標であり,「の」が有標である言語事実と矛盾するものではないことを指摘した。 連体節内主語の「が」格主語の台頭には,(i)日本語全体としてのtr/lm認知での捉え直しへの性向と,(ii)他動性の2つの要因が関わっていると主張し,形容詞述部などのように他動性が極めて低いケースでは,他動性に起因するtr/lm認知による捉え直しの動機づけが弱く,その結果,「が」格主語の標準化が進んでおらず,「の」格主語が好まれる傾向がみとめられると論じた。 他動性制約に関しては,「を」格名詞は節レベルのlm参与体であり,必然的にtr/lm認知を前提としているため,最終合成意味構造においてもtr/lm認知での捉え直しが動機づけられると論じた。また,他動性制約の反例については,参照点関係に基づく間接受け身と,それ以外のタイプに大別されることを指摘し,後者はHopper and Thompson(1980)が指摘する他動性の尺度に照らして低い他動性を示すことを指摘した。また,疑似関係節とも呼ばれる動詞の項以外を被修飾語とする日本語の連体修飾表現の存在は,本研究で提案する認知モード転換に基づくアプローチの理論的妥当性を支持することを指摘した。
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