研究概要 |
本研究は,平成17年度から平成19年度にわたる3年間に,18世紀から19世紀,さらには20世紀へと至るイギリス小説の展開を,語学と文学の専門家がそれぞれの観点から分析を試みたものである。専門を異にする研究者でも共同に研究ができると考え,かたや言語学に立脚し,かたや文芸批評の見方により,相互に歩み寄りながら読みの手探りをすることを目的に行ったものである。読みの「接点」の確認とこれに基づく対話から,その奥行きを「共有」へと深化させることは充分可能であると確認できたことは,この共同研究の成果の一つである。 その端的な例は,私たちが平成18年度に取り組んだ「(試論)Emmaの一節の文体的分析」であった。18世紀の小説言語と19世紀以降,特にヴィクトリア朝の小説言語を結ぶ結節点をなすJane Austenのテキストには,英語の多様な表現技法が,18世紀の小説家を通じて,さらにはそれ以前の伝統に培われて生きていることが確認できた。彼女は,人間の見かけと実態の落差を眺めて楽しむコメディの精神を体現しているが,この感受性が比類なきアイロニーとユーモアを湛えた英語を磨きあげる武器となっている。彼女の英語の特徴であるぼかしは,豊かな陰影を宿すのに貢献している。ぼかしの技法は,語り手と登場人物の間を自在に移動する視点の微妙な移ろいと相まって,作家の真骨頂であるアイロニカルユーモアを醸し出す秘訣である。Austenの場合,技と,感受性ないしは想像力はそっと補いあっていることが見て取れる。そこに私たちは,言語学的アプローチと文学的アプローチの両方の見方が,作品言語の理解を深めるのに重要な意味あいをもつ可能性をみた。 本研究でほの見えてきた隣接する専門領域の「接点」から「共有」への深化は,今後文学テキストのさらに多様な見方を掘り下げることによって,より着実に進展していくものと考える。
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