研究概要 |
今年度は、法過程における制度と身体の相互作用を、19世紀末Napoliの嬰児殺・名誉犯罪関係の刑事裁判資料のミクロ分析によって追究するとともに、当時のイタリアにおける刑事法学の枠組み、死刑を廃止した1889年のイタリア統一刑法典編纂過程の分析と関連させて再検討する作業を進めた。具体的には、古典学派の代表的存在F.CarraraのProgramma del corso di diritto criminaleやPensieri sul progetto di codice penale Italiano del 1874、いわゆるイタリア実証学派(犯罪人類学)に属するC.Lombrosoの"Troppo presto"(in Appunti al nuovo codice penale,1888)やLa donna delinquente : la prostituta e la donna normale、その他E.Ferri, R.Garofalo, S.Sigheleなどにおける嬰児殺罪や統一刑法典編纂に関する議論を比較解析した。Hobbes, Rousseau, Beccaria, Filangieri, Pagano, Kant, Hegel, Feuerbach, Romagnosiらの刑法思想、DurkheimやNietzscheの刑法論、現代刑法学(G.Jakobs, C.Roxin,井田良,原田國男,本庄武など)における刑罰論と量刑論の研究を平行して進めた。さらに統一刑法典編纂作業の分析に入り、統一王国成立時のSardegna、Toscana、および南部改訂版という3刑法典併存体制の成立から統一刑法典公布までの編纂プロセスを、Pisanelli, Mancini, Pessina, Ellero, Zanardelliら主な関与者たちや法専門職団体の動向をも織り合わせながら、嬰児殺など関連規定の変遷を中心に跡づけた。以上の結果、近現代イタリア刑法の比較法史的位置付けを定めるための基礎作業は第一段階を終えた。また、単に刑事法学・実定法の検討にとどまらず、具体的裁判事例のミクロな法過程分析を通じて、そのような背景を有する当該法ルールおよび司法制度が現実にはどのような形で発動され/発動されず、どのような相互作用を社会(すなわち人々の身体)との間に生ぜしめた/生ぜしめなかったのかについての、法人類学的(あるいは法社会史的)分析を試み、立体的刑事法空間のダイナミズムを視野におさめることができた。かかるイタリア刑法(diritto penale)の構造変容と刑罰的正義(giustizia penale)という核心概念との関係をMachiavelli以来の近代イタリア刑法学史・国家思想史のうちに探索することが課題として残された。
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