研究概要 |
1960年代から、豊富な飼育環境の脳の発達や行動への恩恵的効果が多く報告されて来た(Rosenzweig et al.,1962;Rosenzweig,1966)。この効果はラットだけではなくマウスでも認められ、またそれが脳の可塑性に基づくことも明らかにされて来た(Rosenzweig&Bennett,1996;Rampon et al.,2000)。我々のマウスを用いた平成17年度の研究により、8週間の実験期間のうち最後の2週間の環境が、脳の可塑性と学習・記憶機能の変化に決定的な効果をもたらす事を明らかにした。そこで平成18年度は、それらの効果が、神経成長因子の媒介によって生じる可能性について8週間同じ環境で飼育する群(EEとPP)と最終の2週間の環境が逆転する群(EPとPE)について比較検討した。動物の飼育と管理は磯が担当し、松山は脳の組織の分割と神経細胞の新生について検討した。また神経成長因子(BDNF)の分析は2者が共同して行った。 海馬のBDNF量はEE群の方がPP群よりも多く、大脳皮質でも同じ傾向が見られたが、海馬の結果の方が明瞭であった。飼育環境が逆転した群の結果は先に報告した行動や脳の神経細胞の新生数の結果(第69回日本心理学会で発表、Isoetal.,2007)と対応し、PE群のBDNF量はEE群の値に匹敵したが、EP群の値はEE群やPE群の値よりも低くなった(第66回日本動物心理学会で発表)。また、今年度には報告できなかった予備的な実験では8週間の飼育期間のうち最終の1週間の環境逆転においても2週間の条件と同じような効果が見られた。つまり、豊富な環境刺激による神経成長因子量の増加が、特に海馬の神経細胞の新生を促し、ひいては脳重量の増加と行動や記憶などの機能的発達を促すこと、そしてこれらのプロセスが比較的短期間の経験によって変化することを示唆する。
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