研究概要 |
近年、DNAの物性については、とてもバラエティに富んだ、言い換えれば、非常に矛盾に満ちた実験結果がNature, Science, PRLと言った権威ある雑誌に報告されてきた。本研究では、物性という面から見たときに、DNAの真の性質は何であるのかを、これまで指摘されてきた直接電気伝導測定法の問題点の影響を受けない、磁気的側面から迫ることを目的とした研究の成果をまとめる。 (1)天然のDNAの物性 最初に、何ら人工の手を加えない状態のDNAがどの様な物性を持つのかを調べた。その目的で、2種類の精製度合いの異なる鮭の精巣由来のDNAのESRを調べた。その結果から、粗精製の鮭DNA粉末が、塩基対を単位として、約0.2%程度のスピンを持つこと、一方、更に精製した鮭DNA繊維では、約50ppm/bpと非常に弱く、不純物に由来した信号と解釈され、実質的に、DNAは磁性を示さないことが確認された。 この事実は、天然のDNAがフェルミエネルギーの位置に状態を持たない半導体であることを示唆している。このことは、DNAがオームの法則に従う金属的伝導を持つ、或いは、1K以下の低温で、超伝導になった金属電極のクーパー対が流れ込むような近接効果が観測される、と言った報告と矛盾しており、従来の報告は慎重に検討が必要なことが確認できた。これは、最近報告された光学吸収の4eV程度のエネルギーギャップや、他の半導体的な伝導度測定の結果と一致する。 (2)2価金属イオンをドープしたDNAの物性 近年、DNAが多くの研究者の関心を集めている理由は、DNAの持つ優れた設計性と自己組織化力にある。塩基配列は自由に設計が可能なので、DNA2重螺旋によりナノサイズの正八面体の作成の報告もされている。しかし、天然のDNAは電気伝導性を持たない半導体なので、電荷担体を賦与して伝導性を持たすことが可能かどうか興味深い。本研究では、2価の金属イオンを塩基対の間に導入することにより、電荷移動を起こし、導電性のDNAによるナノワイヤの実現可能性も視野に入れて研究を進めた。 2価の塩化物水溶液によりCa, Mg, Zn, Cu, Mn, Co, Ni等の多くの金属イオンをドープしたが、全て2価のままDNAの塩基対間に入るため、新たな電荷移動は起こらないこと、磁性イオンを入れると、DNAをテンプレートとした磁気相互作用の舞台として使えること、Feを入れた場合だけはDNA中で3価に変わり、電子一つを塩基対のπバンドにドープできることなどを見出した。Mn-DNAでは、未ドープのDNAと同様に、B-formとA-form間の相転移が起こり、磁気的相互作用が顕著に変わることも見出した。Fe-DNAでは、πバンドの伝導は顕著ではなく、電子状態を反映した1次元特有の基底状態を持つことを示唆する結果も得られた。今後、電気伝導度と組み合わせて更に研究を進めていき、ナノワイヤの応用の可能性まで明らかにしていきたい。
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