研究概要 |
多核金属錯体における金属原子間の相互作用は,主として中心金属イオンの種類と酸化数,構造により支配されている.中心金属イオンの酸化状態を変化させることで,金属原子間の相互作用の程度や金属間結合の次数がかわり,混合原子価錯体も得られる可能性があるため,これら集積型金属錯体は,酸化還元挙動に興味が持たれることが多い.本研究では,分子レベルでの機能発現のために精密に設計された一連の化合物を合成し,化合物の外部刺激に対する応答,ならびにこれらの諸性質や機能に金属原子間の相互作用がどのようにかかわっているかを探ることを目的としている.この目的を達成するために,本研究では,主としてピラゾールとピリジンチオールの2種の配位子に注目して様々な重遷移金属錯体を合成し,それらが示す特徴ある性質について研究を行った. (1)ピラゾールおよびその誘導体は弱酸であり,適切にその合成条件を選ぶと,分子内または分子間で水素結合により安定化したPt(II)やPd(II)の二核錯体あるいは単核錯体の二量体を合成することができる.これらの錯体中の水素イオンは,Au(I),Ag(I),Cu(I)などのd^<10>金属イオンと容易に置換することができ,対応する混合金属錯体を与える.例えば,嵩高い置換基を有する3-t-ブチルピラゾラール(3-^tBupzH)を用いてPdとAgまたはAuの混合金属錯体を合成すると,Pd【triple bond】Pd間を架橋している配位子の置換基の配向が異なる2種類の幾何異性体が生成し,両異性体間の異性化速度を^1H NMRにより求めることに成功した.また,無色の環状三核白金(II)錯体を酸化することにより,白金では珍しい濃青色を呈する混合原子価錯体[Pt^<II,III,III>_3Br_2(μ-pz)_6]の合成にも成功した.この錯体は,DMF溶液中でvalence-detrappingを生じ,Pt(III)サイトの軸位に配位しているBr^-イオンとPt-Pt結合のシフトが同時に起こることを明らかにした.この現象は,DMF中で温度可変NMRを測定することにより観測される.さらに最近では,3,5-ジメチルピラゾールを配位子とする白金-銀および白金-銅錯体の合成に成功した.これらの化合物に紫外光を照射すると,白金-銀錯体は水色,白金-銅錯体はオレンジ色に強く発光し,導入したヘテロ金属イオンの違いにより発光エネルギーを制御できることが分かった. (2)一方,ピリジンチオールはN原子とS原子をドナー原子に持つ2座配位子であり,ピリジンチオラト配位子が架橋したESBO型二核レニウム(IV)錯体を合成したところ,架橋部位にO原子とS原子を含むことに起因して,反磁性と期待される化合物が磁化率の温度依存性を示すことを見出した.これはδ軌道とδ^*軌道が接近しているために観測された現象である.このような磁気的挙動はESBO型のジオキソ架橋錯体では全く観測されていないことから,架橋部位にS原子を導入した効果が顕著に現れているものと思われる.ピリジンチールの4位や5位にメチル基を導入した配位子を用いても,磁気的挙動はほとんど同じであった.
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